海角七号を観ました。

ウェイ・ダーション
マクザム
発売日:2010-06-25

台湾映画「海角七号〜君想う、国境の南」DVDを観ました。気に入って2回も続けて。

日本統治時代に出会った台湾人と日本人二人の別れと、現代に生きる二人の出会いの物語が平行して描かれます。
同時に、にわかに集められたバンドの、初ライブまでの日々。

勉強不足なこともありますが、私にとって台湾は不思議でならない国です。
例えば、台湾に旅をして驚く、日本語の浸透具合や、親日文化。
特に、台湾に台湾人として生まれながら、統治時代に日本人としての教育を受けた世代の方が、日本を恨むどころか今もってとても美しい日本語で、ウェルカムな態度で、話しかけてくれること。
公式には国と認められていないという不安定さを根本に持ちながら、治安を乱すことなく、経済的に発展し、同時に日本とは比べ物にならないであろうほどの収入格差を柔軟に受け止めている様子の、かの地の日常。
驚きと同時に、感動的な気分にすらなるのです。

映画の中で歌われる「野ばら」は日本でも有名な曲ですが、統治時代に台湾でも広がり、今も親しまれているそうです。
日本統治世代の台湾のおじいさんが日本語で、若者が中国語(台湾語?)で、そして日本人は日本語で。
バンドは、台湾原住民族、大陸から渡って来た民族入り交じっての、まさに「台湾」を体現するメンバー構成。

いろいろあった両者が、その恨みサイドではなく、あたたかな痕跡を、大切に自然に、今に紡いでいるという事実の一つの側面を、この映画は見事に描き出しているように思いました。

台湾、ほんと、もっともっと知りたい国だな。

ファッションが教えてくれること

ライバル

映画を観てきました。
ファッションが教えてくれること

米国版VOGUEの「鬼」編集長、アナ・ウィンターを追ったドキュメンタリーです。

こないだ観たマイケルのドキュメンタリーは、モノ作り系の皆さん(友だち、有名な方のブログ諸々)が良かった、観るべし!と異口同音で、実際そうだったんですけど、この映画も同じ事言えるかも。
ステージパフォーマンスの派手さ楽しさはないけども、雑誌のビジュアルづくりということから、よりリアルにズズーーン、と感じる面がありました。
***

「感性を仕事として成り立たせることの難しさ」
私は最初に雑貨メーカーに就職し、ハードすぎて体調を崩して退職したんですが、そのハードさの大きな理由の一つが「…わからん」ということでした。
ジャッジする人(上司、先輩)の言う「かわいい」がわからんかったのです。
こういう「わからん」をわかろうとする、そんな難しい事ありません。聞いて答えがあるわけじゃないし。
で、そのことについて、感性が合わなかったのね、と結論づけて自分の中では整理し終わってるんですが、
10年経って、そしてこの映画を観て、そこにもう1個プラス。

「感性の違う者同士がリスペクトしあって仕事をするには、自分の良いと思うものに関しての感性をとことん磨く意外にない。」

(以下ねたばれあるよ)

映画の中に、アナの20年来のライバルで、またアナの下で重要なスタッフとして働くグレイスというディレクターがいるんですが、この2人の関係がとっても興味深いのです。

アナは誌面に全面的に責任を追うワンマン編集長で、やり手ビジネスパーソン。
グレイスがディレクションした写真も容赦なく没にしまくります。
それに対して、呆れ、怒りながらも一切妥協しないグレイス。
アナは絶対こう言うと思うわ、といいながら、提案するのはあくまで自分が良いと思ったもの。

グレイスは現代的でシャープなものよりも、ヨーロッパ的で歴史の香りがするようなもの、曖昧なものが、時代のトレンドに関わらず好き。
長い付き合いでお互い理解しあってると言い、自分の感覚に絶対的な自信を持ちながらも、常に新しいものに向かってアンテナを伸ばし、実際ビジネスを成功させているアナに対するコンプレックスをグレイスは隠しません。

グレイスはモデル出身なのですが、もともとモデルやデザイナーに興味があったわけじゃなく、とにかくファッション写真を見るのが好きだった、という「感性の人」。
10代を過ごしたのは、注文したファッション誌が2-3ヶ月遅れでしか届かない田舎です。

対する「やり手」アナは、ファッションが最先端だった時代のロンドン出身。有名ジャーナリストを父に持ち、自身の兄弟も、また娘も、ジャーナリズムや法律に関する「固い」仕事に就いているという背景を持ってるのです。

この2人の関係や、グレイスの抱えている気持ち、
そしてアナもまた、映画の最後で、感性についてはグレイスにかなわない、という本音を明かしているのですが
感性でジャッジしなきゃいけない仕事を象徴しているなぁと。
感性がなきゃだめ。感性だけでもだめ。
売れなきゃだめ。市場に迎合してるだけでもだめ。

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あと、ちょこっと思ったことは、日本にもそれなりにとんがったファッション雑誌はあるけど、アナのVOGUEみたいに全世界の先頭に立って誌面づくりをする、なんて気概のあるのはまだほとんどないのだなぁということ。まぁモード系ファッションはそもそも西洋発だから当然かもしれないけど。
でも、雑誌が売れる売れないとか、広告がとれないとか、そういうことじゃない(もちろん大事なんだけど)、もっと根本的なモノ作りの迫力みたいなものの大切さについて、思いました。。。

This is it

まず一言。

映画館でおとなしく座って観るのは困難極まる映画です。

マイケル・ジャクソンには正直、ほとんど興味がなくて、
亡くなったときも、同年代友人たちの反応っぷりに「え?うちらってマイケル世代ちゃうやん??」てちょっと冷静な目でしか見てなかったのですが
この映画についてはあまりにも各方面で評価が高くて
マイケルがどうとかいうより、モノづくりのプロセスとしてすごい、と言われるので気になってたのです。

今日は旦那さんが休みをとってて、おまけに金曜朝一の上映は1000円、て書いてあったので行ってみました。

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マイケルには興味がないとは言っても、もちろん何曲かは観たり聞いたりしたことがありますし、その風貌のうんぬん…とか、諸々の事件も耳にしています。

映画を観て、まずそういう「エキセントリックさ」に関するネガティブイメージ払拭。

マイケル、普通やん!!

普通って、もちろん平凡て意味じゃないですよ。
ステージに立つ人間として、プロとして、ど真ん中、てこと。

映画の中で、メンバーの一人が彼を「フレンドリーで謙虚」と評していましたが、まさにそうでした。スターでありリーダーでありながら、チームの一員としてつくりあげて行くということを、非常にまっとうかつ自然な姿でやっているように見えました。
チームメンバーにとっても憧れの人ではあるけれど、決してカリスマ性で振り回すということではなかったみたい。


「I just can’t stop loving you」という曲(合ってる?)のリハ映像は象徴的だったな。
喉を使いすぎたくないから、(リハでは)本気で歌わせないで、というマイケルに対して
歌いたいんでしょ?歌ってよ、もっとやってよ、と煽るスタッフや、完全に一ファンに戻ってエキサイトしてるメンバー。
みんな、本当に音楽が好きで、ステージが好きで、マイケルが大好き。
マイケル自身も心底楽しんでる様子で。

本番を迎えることはなかったツアーだけど、リハの間中、メンバーもスタッフも最高の時間を過ごしていたに違いありません。
みんな本当に幸せそう。


パフォーマンスというのはあくまで「本番」を見せるものだけども、
しかしそのメイキングのエキサイティングさってのは、これ、なんでしょうねー。

私は、音楽とか、舞台に立つという経験のある人間だけど、今回はそのことに感謝しました。
ステージの上での高揚感とか、ライトや音楽の気持ち良さとか、お稽古ごと/市民会館レベルではあっても、自分なりの経験を通じて共感できることが良かったなぁーと。
人生万歳やわ。

もちろん、そういう経験がなくても、何かしら共感させ感動させ得るものだと思うんですけどね。


それにしても、冒頭に書いたとおり、です。
基本的に音楽やステージものにはすぐ「私もやりたい−」てなっちゃうのでますます。
まぁ私もおとなしくしてましたけど、靴の中では足が踊ってました…
大画面のまま、どこか素直に動けるスペースでまた観たいわー