旅の途中

091027sitae

中学2年の夏の日を思い出します。陸上部で中距離をやっていた頃。
熱心なクラブで、もともと運動が得意でない私は毎日ほとんど辛い思いだけで練習に出ていたのですが、その数日はいつもと全然違いました。
体が軽い。気持ちよく風をきって走れる。

200mのトラック3周、600mのタイムトライアル。
1周目はちょっと早めのこのタイムで入って、2周目は維持。3周目でペースを上げて、ゴールはこのタイムで…。2周目は維持とはいっても、疲れてくるので自分の体感としてはややペースアップで…。
頭にはクリアなイメージがあり、体はイメージどおりに動き、その後も走るたびにタイムが上がる、そんな数日間。

しかし、そんな日は突然に終わってしまいました。
直後にスタートした塾の夏期講習。練習を休んだ期間としてはほんの1週間くらいだったと思います。
でも、その後、あの数日間みたいな気持ち良さを味わうことも、タイムがあがることも、二度となかった。

女子のスポーツ選手はメンタル面含めたケアに、男子より断然神経を使うといいます。
当時の顧問の先生も、「男子は階段状に力をつけていくのに、女子は上がったり下がったりする」というようなことを言っていました。
思春期、体にバランスも急速に、スポーツにはむしろ向かない方向に変化していく女子にとっては一番苦労する年齢。
当時の私もそれに当てはまったのかもしれません。

けれど、思い出すと同時に思うのは、もっと普遍的なこと。
全体のイメージを具体的に持つことの大切さ。
何かが上を向いた一瞬、アクセルを踏むタイミングは逃しちゃいけないということ。
それと、
結果の見えない中間地点でも、ペースを落とすことだけはせず、「淡々と」足を進めること。

今日は、ちょっとだめな感じの日。
でも、やめない、ペースは落とさない。淡々と、足を進める。
淡々と進めるためにも、イメージや計画を見失わないように。
明日もまた続けられる幸せを想って一日を終えよう。

唯一手のひらの中に。

フランスでは創造的な仕事でも「メチエ」(職人仕事)の側面を大事にする。音楽院に留学した日本人が先生に聞かれた。君はいつ作曲するのか。曲想の湧いたとき、と答えたら怒られた。朝のこの時間、と決めて毎日作曲していれば、自ずと曲想は湧くようになる、というのだ。
(日経新聞 09/10/19夕刊 ”明日への話題” 荻野アンナさんのコラムより)

-創造的な仕事でも職人的側面をしっかり持っていたいと思う。
-続ける事、それだけが唯一自分の手のひらにある選択肢で、それはつまり、「今日もやる」ということ、「今からやる」ということ。
-続ける、その蓄積の先には私の知らない世界が感動的に開けている。

世間は狭い

京都在住のイラストレーターmaccoさんのブログを見ていました。
関西在住で、活躍されている方はやはり気になるのです。

いくつか過去ログを見て、とある写真に……!?…この人知ってる??

写真に写っているのは旦那様らしき男性です。

また別の記事を見てると、旦那様とは大学のサークルで出会った、とあります。

改めて、ご本人の写真を拝見して、…あの先輩かも!!!!

———
大学時代、某音楽系サークルに、一瞬だけ入部したことがあったのです。
でも、周りの1回生たちが皆友だち同士で入部しててなんとなく一人だったり、
サークル全体の、テンションの高さにうまく馴染めなかったり(当時、浪人上がりでまだまだ精神的に不安定な私でありました。)で、1回生夏休み明けくらいに、フェードアウトするように退部してしまったのでした。
にぎやかにバンド活動をするサークルのメンバーたちは皆キラキラしてて、
でも私には向いてないのだわー…と軽く寂しい思い出。
———-

さらに、ブログを読んでみました。
やっぱり!!です。
今でも大学時代のメンバーとは交流があるという、maccoさんのブログに登場する、記憶にある先輩のお名前、そして写真…!

うわーーー!懐かしい!
アーンド、世間せまーーー!!

イラストレーター同士、雑貨作家同士でつながる、というのはありがちですが、こういうつながりかたもあるとは。

ちなみに私は大学の美術科だったのですが、maccoさんは美術科ではなかったはず。
憧れのサークルの先輩が、しかも美術科ではなかった先輩が、こんなに活躍されてるとはー。。。。。
いやいや。
私、もっと頑張らな。

恐らく、私のことは覚えていらっしゃらないかと思うのですが、いつかお会いできたらいいなぁと思うのです。

今日(09/10/2)の日経夕刊に載ってた道尾秀介さんのコラムの言葉にうなずく。

小説だって、きっと魂が込められていないものは面白くも何ともない。一生懸命に頭を使って書かれていても、それだけでは人を感動させることは不可能で、せいぜい感心させるのがいいところだ。心だけで書いた作品もつまらない。(中略)その作品を読んで得られるのはいいとこ同感や共感で、感動では決してない。
(中略)
僕は作家のくせにそれほど頭がよくもないし、心だって、ごく人並みの感受性しか持っていない。だからこそ、作品には人一倍必死に魂を注ぎ込まなければいけないと思っている。

頭だけではいいものが作れない事も、情緒で描くもんじゃない、ってこともある時期からわかってはいたけれど、「魂」の有無が観る人に与える感動について気づくようになったのは割と最近。
それだけ、私は頭でっかちで、感受性も大したことないってこと。

魂を込めるのはすごく疲れる。
でも、魂の手応えは確実に自分の地肉となり、真の自信につながっていく。

何でもうまく早くやることが良しとされがちな世界。
魂を込める対象が目の前にあることに感謝しなくてはいけないのかもしれない。

交流。

pict galleryで開催中の水野健一郎さんのオープニングパーティに参加させていただきました。

http://pict-staff.blog.so-net.ne.jp/2009-09-28

映像作品てあまり意識して見たことがなかったのですが、
「自由や〜〜…」
と、ゆるく楽しみながら大いなる刺激をいただきました。
(楽しませていただいたのに、ご本人とはご挨拶できず。申し訳ありません…)

残念ながら、私に動画の才能…というか、そもそものイメージがあるようには思えないのですが
観ることでインスピレーションのようなものはわいてくるように思います。
音楽も、私にとっては同じような感じかな…


パーティには関西で活動されるイラストレーターさんもたくさん来られてました。
関西での絵描き友だちが意外といないので、ちょっとずつでも交流できるのは貴重な機会です。

個展準備で若干余裕のない今日このごろなのですが、それじゃいかんよ、という気持ちになったり、
また、すごくすごく活動している様子を感じて、良い意味で焦りを感じたり。

人に会うことは「栄養になる」と、改めて感じた次第です。