カルボナーラ、フジッリ、ズッキーニ

お昼にカルボナーラをつくった。カルボナーラは、未だ、上手くいったり、いかなかったり。
今日はラフにつくる。
あるのはフジッリ、拍子切りにした厚切ベーコン、1−2mmくらいの輪切りにしたズッキーニ。
冷蔵庫にあったズッキーニだけど、蒸し暑い最中、濃厚なカルボナーラに軽やかさを足してくれるだろうかと思って。丸い切り口もかわいいかもしれない。

溶いた卵に、とろけるチーズと粉チーズを混ぜておく。チーズはどちらも、スーパーで普通に買えるもの、目分量。

パスタを茹でているあいだ、ピュアオリーブオイルを温めて、潰した大蒜から薫りを出し、ベーコンも一緒に炒めておく。適当なタイミングでズッキーニも加え、軽くかき混ぜたら蓋をして、火を止め、パスタが茹であがるまで待つ。

ズッキーニは生でも食べられるから、炒めすぎずに蓋をして置くことで、半分だけ火の通った感じになったらいいなと思って。

パスタが茹で上がったら、湯を切って、卵のボウルに入れて大急ぎでかきまぜる。かきまぜながら、ベーコンとズッキーニに火を入れたフライパンを再び火にかけ(左手で)、右手で持ったボウルのパスタをフライパンにあける。
あとは大急ぎでかき混ぜて、すぐに火を止めてお皿へ。黒胡椒をガリガリ挽いてできあがり。

今日は卵は一個だけ、ズッキーニの狙いもあたり、暑苦しくないカルボナーラができました。

フジッリは食べた感じが楽しい。
その合間に、端っこが少しだけ焦げた厚切ベーコンを楽しんだり、しれっと爽やかぶっているズッキーニを味わったりしているうちに、あっという間になくなった。

20150615

【読書】きえもの日記/高山なおみ

河出書房新社
発売日 : 2015-04-17

高山さんの日記が好きで、全部読みたいなと思いながら、半ばわざと、少しずつ読んでいる。
この本もそんな高山さんの日記の一つなのだけど、でも、いつもと全然違った。
ベテランの高山さんが、テレビドラマの料理という初めての仕事に向かう日々。その心情を、いつもの率直さで書き記しているのだ。
とてもやりたい仕事で、でも、とても荷が重くて…全編を通し、高山さんの緊張が伝わってくる。伝わりすぎて、私の脈拍まで上がって、耳鳴りや不眠(緊張状態がダラダラ長く続いたときの、私の症状だ)を引き起こしそうになる。

―考えなければならないことが山積みなので、これまでのことを忘れてしまう。なんだか、手が震えるような感じなのだ。(P23)
―どこかがずっと緊張しているのだ。(中略)どこへも行かないよう、風船のひもを握られているような……。(P27 )

高山さんは、フリーランスだ。どれだけ大きな仕事であろうと、指導してくれる上司も、アドバイスをくれる先輩も、使える社内リソースのようなものもない。
あるのは、自身の経験の蓄積と、仲間。

慣れない仕事では、自分の弱さとも、もろに直面してしまう。自身を顧みる高山さん。

ー私はいったい何なんだろう。(中略)緊張し、畏れ多くて手が震える。言葉も出ないし、脳みそが止まってしまうみたいなのだ。(P59)

撮影は進んでいく。仕事のシーンの高山さんは、それでも、とてもスムーズに自由に役割を果たしているように見える。アイデアを出し、イメージはイメージどおりに形にしていく。それは、高山さんの確かな実力と実績の表れだ。経験は嘘をつかない。固い信頼を担保にした仲間は、何よりの力になる。
時に失敗しながら、孤独に不安と向き合いながら、一方の現場では、プロとして充分にパフォーマンスし続ける高山さんの姿が、二重写しになる。

ベテランであろうと、初心者であろうと、「初めて」はあるし、緊張したり戸惑ったり失敗する。言葉一つから、わからないことだらけだし、次の展開のイメージはわかないし、それ故、自分を安心させることができない。
でも、そのことをリアルタイムで(愚痴ではなく)吐露し続ける人はあまりいないし、いたとしても、第三者がそこに寄り添い続けるということは、ほぼあり得ない。
ところが、この日記には、それがある。

いつもと違う緊張感が、高山さんのベテランとしての実力や、人としての強さを、却ってくっきり炙り出す。
弱さ、不安、失敗、困難。
その時を、彼女彼らはどうやって受け止めて対応してきたのか。「結果」はその蓄積でしかない。

緊張感が、通奏低音のように響き続ける日記の中で、少しずつ、高山さんが「呼吸を始める」かのような記述が増えていくのが印象的だ。

暫く不在にしていた夫のスイセイさんが、帰宅するシーン。
―スイセイが帰ってきたら、家も息をしはじめた。私も、息をしはじめた……ような感じ。(P30 )

―きのうは、現場での見の置き方が、ようやくひとつ分かったような気がした。「クウクウ」(引用注:高山さんが昔シェフをしていたレストラン)の大忙しの厨房のときみたいに、おへその下に気合が入った。(P80)

パフォーマンスを出せる必要条件は何か。
普遍的な言葉で一言で表すなら、「ニュートラルでい続けられる」ことに尽きると思う。
どんなにパニックでも、瞬時に基本ポジションに自分を戻せること。
実力の高低や経験の多少は、パフォーマンスの客観的な上限値を定めるが、その時出せる最高の力を出せるか否かについて、これ以外にないと思う。ニュートラルであり続けること。おへその下に力が入っていること。
あるジャンルに関して、自分がそういう状態でいられるかどうか。その後の成長に決定的な影響を与えることは間違いない。
料理のベテランである高山さんも、そうやってキャリアを積んで来られたんだ、ということがリアルに伝わる。

―重しがお腹のそこに座り、アタフタすることは一度もなかった。(中略)重心が下にあると、足さばきがよくなってスイスイ動ける。(p123)

中庸、ニュートラル、丹田。
東洋のモノの考え方によく出てくるキーワードだが、実際のところ、生き方も、仕事も、基本はこれしかない。
「心の置き方」という言葉も出てくる。
高山さんの日記は、いつも率直で、媚やブレがない。
それは、高山さん自身の仕事をも、当然貫いている「心の置き方」そのものなのだろうと思う。
高山さんの料理、文章、実力、信頼、仲間。
その全てに私は憧れているけども、本書を通じて、その芯なるものに、少しの間触れることができて、読んでいることがとても幸せだった。同時に背筋が伸びた。

最後に木皿泉(妻鹿さん、和泉さん)さんとの対談が出てくるが、それも必読。
高山さんと文章について。というか、文章のほうを好む人と、喋るほうを好む人の違いについて。
私自身、明らかに前者なのだが、妻鹿さんが「喋るほうがホント(の自分)っていう人のほうが多いと思う。(文章については)ちょっと嘘になっちゃうのがほとんどでは」とおっしゃっているのが、おもしろくて目からウロコかつ、納得。

私は(プロのレベルではないけども)文章が書けてよかった、と、ちょっと誇りにも思った。

鶏と玉ねぎのタマリンド煮/薩摩芋団子のアジア風スープ

昨日作った晩ご飯のおかずが、我ながら上手くいったので嬉しいです。またつくろう。

1つ目は、「鶏胸肉と小玉ねぎのタマリンド煮」。
ペルシャ料理の本からヒントをもった、酸っぱい煮込みです。
香味野菜(大蒜、生姜、香菜)と塩、砂糖、胡椒、粉唐辛子でマリネした鶏肉と、小玉ねぎをソテーし、タマリンドペースト+ひたひたの水で煮た物。最後に塩砂糖で調整します。
タマリンドペーストというのは、タマリンドという豆を発酵させたもので、なめてみると、梅干みたいな味がします。カレーにもよく使うのですが、なので、なかったら梅干でもいいんじゃない?と勝手に解釈してるのですが、今回のこれは、梅干だとちょっと違うかも。若干柑橘系よりのキリッとした酸味が、鍵になる感じです。
砂糖を積極的に使うのは、南方の料理でよく見かけますね。日本料理でもまぁまぁ使いますが、辛味や酸味とセットだと、一気にエキゾチックになります。

面白いなぁと思ったのは、カレー的なスパイスは一切使ってないのにも関わらず、カレーだ!と思ったこと。上で書いた「エキゾチックさ」がそう思わせるのですが、はて、カレーとはなんぞや?と考えてしまいます。

マレーシアのインド料理屋さんで。こちらもいろいろ選んでかけてもらう。
マレーシアのインド料理屋さんで。こちらもいろいろ選んでかけてもらう。
マレー料理、市場で指差し、おかずをいろいろぶっかけてもらったもの。
マレー料理、市場で指差し、おかずをいろいろぶっかけてもらったもの。

考えてみれば、マレーシアで食事をしたときも、全部カレーみたいに思えたんですよね。肉、魚、野菜、いろいろなおかずを選んでご飯にぶっかけるんですが、どんな味?と説明しようにも、どれもカレーぽい。
でも、きっと現地の人にとっては、カレーはカレーでも全て違うおかずのはず(だって、わざわざ選ぶんですもの)。こちらの感受性の問題でしょうね。スパイス料理は、そういうところが、日本人である自分には難しいなぁと思います。

2品目は、薩摩芋団子のスープ。
長らく眠ってる薩摩芋を消費せねば、と頭を捻りました。
蒸した薩摩芋をつぶし、片栗粉塩砂糖、あと、ココナッツミルクで柔らかさを調整して団子状にします。
これを鰹出汁(塩と薄口醤油数滴)で茹でて、仕上げにニラ。
香りvs香りの対決みたいなスープになりましたが、これも上手くいきました。
薩摩芋団子が、スープの中でどんどん溶けてしまったのが誤算だったのですが、トロミがついたスープも美味しくて、結果的には良かったです。

手前が鶏肉と小玉ねぎの酸っぱい煮込み、後ろが薩摩芋団子スープ
手前が鶏肉と小玉ねぎの酸っぱい煮込み、後ろが薩摩芋団子スープ

 

金柑のタルト

金柑が、長らく苦手でした。妙に甘ったるい香りとか、甘ったるい香りをさらに甘く煮るところとか。種を取るのも大変そうだし、なんでわざわざ食べるの?という食べ物だったのですが…

「たまたま」という、丸ごと生で食べられる金柑が出回りはじめたのを見て、興味を持って買ってみたら、見事はまってしまいました。香りは甘いけど、酸味もあるし、見た目もかわいい。丸ごと食べられるというのもいいです。

お料理につかったり

浅蜊と金柑、芽キャベツ蒸し。ロックフィッシュ間口さんのレシピより。
浅蜊と金柑、芽キャベツ蒸し。ロックフィッシュ間口さんのレシピより。

 

マチェドニアに仕立てたり

金柑、キウイ、バナナ、ライチ酒の、マチェドニア。長尾智子さんのレシピのアレンジ。
金柑、キウイ、バナナ、ライチ酒の、マチェドニア。長尾智子さんのレシピのアレンジ。

 

今回は、タルト。
立ち上がりをつけずに空焼きしたタルト台の上に、クレームダマンドと、半切りにした金柑。
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切り口を下にして焼きこんだら、生地に金柑の果汁がうまく染みこみ、いい感じの仕上がりになりました。生地はしっかり甘いけど、金柑部分は酸味があって、良いバランスです。
ダマンド部分に、もうちょっと素朴さが欲しいなぁという気持ちはあるのですが、我ながら気に入りました。

手の平を返したように、気に入ってしまった金柑。
しばらく、いろいろと使ってみようと思います。


【出張はなうた食堂】お弁当持って

今回は、高校時代からのお友達の家に、出張はなうた食堂!
ある日突然思いついて提案してみたら、友だちも乗ってくれたので、計画実行です。

と言っても、よく考えたら、まともなお弁当は作ったことがない…。会社勤め時代は、多少作っていましたが、当時は料理にさほど思い入れもなく、経済性と省時間優先で、冷凍食品詰め合わせでした。
お重に詰めるのも初めて。「彩りのいい、盛り気味の弁当にしたい!」というイメージはあるものの、具体的なノウハウがありません。しかし、こんな時のgoogle画像検索!これが大いに役立ちました。ありがとう、世の中のお料理上手な皆様!

今回のお友だちのGちゃんは、私と同じくお料理大好きで、食べるのも大好きな人。なので、私もかなりワクワク、いつも以上にテンション上がりましたよ。

一の重
黒豆ご飯
唐揚げは五香粉風味。お弁当に入れると、どうしても固くなるのが課題ですね。
卵焼は、私の、いわばおふくろの味で、甘くないタイプ。これは外せない!
他、
牛蒡の胡麻和え、ピーマンの丸ごとグリル、ビーツのオーブン焼き
ジャガイモとザーサイ、チーズのお焼き、レンコンステーキ甘味噌和え
薩摩芋の蜜煮、甘栗と小玉ねぎの煮込み、芽キャベツのニョクマムマリネ。

二の重
こちらは中華風。
百合根ご飯には、少しだけ餅米を入れています。
焼売、ピータンとパプリカ炒め
春巻きは、イカ団子と葱、里芋が入ってます。練り物入りの春巻き、食べ応えがあります。
大根餅、人参マリネ、金柑寒天。

いくらなんでも二人分でこれは多すぎるだろ〜。残ったらGちゃん家の晩ご飯にしてもらおー。と思ってたのに、すっかり完食。
安定の食いしん坊二人でした。

お弁当づくり、思った以上に楽しかった。制約はありますし、衛生面も気を使いますが、その場で食べてもらう時のように、タイミングに縛られる必要がありませんから、それはそれで自由があるように感じました。基本的に、どのおかずも同じ温度で口に入るというのも、他にないポイントですよね。
またやってみたいな〜。